お迎えがくる
今週のお題「ゾクッとする話」
夏の日の夕方のことでした。
本当に暑い日でした。私は家にひとりで夕食の支度の最中でした。
北国の家にはクーラーがついていない家も多く、例により家の窓という窓は開け放たれ、キッチン横の裏口のドアも、玄関のドアも開けっぱなしにしていました。
ーーどうせ入ってくる人もいないし。
田舎なのでちょっとの間は鍵をかけなくても大丈夫なときさえあります。
窓から入ってくる夕方のひんやりした風を感じながら、
夕食の準備は進んでいました。
ピンポーン
と玄関のチャイムが。
あ、両親のどちらかが帰ってきたのかな?それとも宅配便?
開けっ放しの玄関に急いでキッチンから向かうも、チャイムを押した本人は
「ただいまー」も「ごめんください」も一言も発しません。
誰なんだろう。
内ドアを抜けて、開けっ放しのドアまで小走りで走り、玄関先をそーっとみました。
全然知らないおじさんが立っていました。
玄関前のフェンスに両手をかけて、寄りかかっています。
上下水色の作業着をきて、帽子をかぶり、夕方というのにサングラスをかけ、
私に気が付くと少し甲高い声で言うのです。
「お迎えにきましたーーー。」
路肩には真っ赤で大きな車。アウトドア派が好きそうな車です。
おじさんはニコニコしています。
一瞬、ぞっとしました。
おじさんはよくみると、60歳は超えているであろうおじいさんでした。。
目がキョトキョトしている私の様子にやっと気が付いたのか、
おじいさんは「あれ、聞いてなかった?」
と言い、「今日6時から宴会なんだ。」と言いました。
なんだ、お父さんの知り合いか。
ほっとしたのも束の間、おじいさんは「庭にさくらんぼ植えたんだねー」と
無邪気に話しかけてきます。
「最近植えたんですよ」と動揺を隠しながら不自然にならないように
愛想よく答える私。
植物に関して世間話をした後、おじいさんは「ちょっと車で待っていようかな。」と自分の車の方へ向かおうとしました。
「父に電話してみますね。」
「いや、いいよいいよ。待ってるよ。」
「いえ申し訳ないです(お待たせして)」
「すぐ帰ってくると思うから外で待ってるよ。」
--おじいさんを家にあげてお茶を出すべきか。
っていうか本当にお父さんの知り合いなのか。
心臓がどきどきしていながらも家にはあげない私。
ほどなくして父帰宅。
2人はおじいさんの運転する赤い大きなゴツイ車で
すぐさま宴会に出かけて行きました。
あーびっくりした。
認知症の人が間違って家に来ちゃったのかと思った。
第一声がお迎えって。
これが高齢化社会の本当の怖さなのかと思った。
高齢者の方々よ。
自分の名前を名乗る習慣を思い出してくれ。
そんな夏の日。